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Vol.16

今冬、“りんご風呂”で新鮮な感動を。

寒い冬には、やっぱり温泉。ゆったり湯船に浸かって、体の芯からじんわりと温まりたいものです。そこで今号では、長野県の特産品である信州りんごを贅沢にも湯船に浮かべた『小諸・中棚荘(なかだなそう)/初恋りんご風呂』をクローズアップ。創業120年を数える老舗温泉宿の新たな試みをお届けします。

 小諸と聞いて、島崎藤村の「小諸なる古城のほとり……」という【千曲川旅情の歌】を思い浮かべる方が多いのではないだろうか。『中棚荘』は、【千曲川旅情の歌】の「千曲川いざよふ波の岸近き宿にのぼりつ……」の一節にある“岸近き宿”で、藤村とゆかりの深い温泉宿。明治32年に藤村を招いた小諸義塾の塾長・木村熊二の書斎『水明楼』が『中棚荘』に隣接している。

 藤村ゆかりの宿らしく、『初恋りんご風呂』は詩集・若菜集に収められた【初恋】の「多感な少年がりんご畑で前髪をあげたばかりの少女に出会い、恋が始まる冒頭のシーン」をモチーフに、荘主の富岡正樹さんが「ほのかに甘酸っぱい“初恋”のような香りをお伝えできれば」と始めたもの。10月から翌年5月まで行っており、日帰り入浴も楽しめる。湯船にりんごを浮かべる温泉は長野県や山形県など日本各地でも見られるが、元祖はこの『中棚荘』だという。

 『中棚荘』の温泉施設は客室棟から石段を上がっていった別棟にあり、秘湯ムードが漂う木組みの湯屋。絢爛豪華な大浴場とは対極にある簡素な佇まいだ。実は『中棚荘』は創業以来、藤村が【千曲川のスケッチ】のなかで小諸行きの心情を語った一文にある「もっと自分を新鮮に、そして簡素にすることはないか」をテーマとしており、“新鮮にして簡素”な感覚が宿の随所から伝わってくるような空間が創り出されている。

 土壁の湯屋の暖簾をくぐると畳敷きの脱衣場があり、浴室との間仕切りがない。太い天然木の梁が縦横に交差する吹抜天井の下は、湯船、洗い場、脱衣場が一体になっている。簡素な木造りだが、新鮮な空間演出だ。畳に座り浴室を眺めれば、立ち上る湯気の向こうにりんごがぷかぷかと浮かんだ湯船が見える。

 湯船にとうとうと注がれる温泉は、『中棚荘』の敷地内から汲み上げる自家源泉。泉質はアルカリ性低張性温泉で、源泉温度は38.2度。肌がスベスベになる「美肌の湯」として評判のうえ、何十個ものりんごが惜しげもなく浮かぶ『初恋りんご風呂』は、温泉に浸透したりんご酸による新陳代謝の促進をはじめ、ビタミンC、ポリフェノール、セラミドによる保湿効果などが加わり、美肌効果をさらに高めると女性に人気だという。

 湯船に浸かると目線近くに赤いりんごたちがぷかぷかと浮かび、愛嬌たっぷり。甘酸っぱいりんごの香りに包まれ、気持ちまでほの甘く和らいでくる。やさしい肌触りのお湯に身を委ねればほんわかと夢見心地になれる。
 美肌効果はまさに評判通り。湯上がりの肌はスベスベのツヤツヤだ。冬は、『初恋りんご風呂』を目当てに『中棚荘』を訪れるリピーターが多いという。

 そして入浴後にゆったりとくつろげるラウンジも魅力の一つ。書籍が自由に閲覧できる『藤村ライブラリー』には薪ストーブがあり、薪をくべることもできる。パチパチと弾ける薪の音を聴きながら、温泉水で淹れる香り高いコーヒーやお茶、庭でとれる完熟の梅を使った梅ジュースなどをいただき、思い思いの時間が楽しめる。

 また、お土産コーナーで販売されている『中棚ワイン』は、荘主・富岡正樹さんが手掛けるオリジナルワイン。「小諸の土を活かした農産物でお客様をもてなしたい、究極の農産物としてテロワールを色濃く伝えるワインをつくりたい」との強い想いから、小諸の御牧ケ原に自家農場を持ち、ワイン用ブドウの有機栽培を行っているとのこと。2002年のシャルドネから始まり、2008年からはメルロー、2009年からはピノ・ノワールを定植し、2017年は新たにソーヴィニヨン・ブランを定植。これまでは収穫したブドウを大手ワイナリーに委託醸造してワインを作ってきたが、2018年秋に念願の自社ワイナリー『ジオヒルズワイナリー』を立ち上げたという。

 『ジオヒルズワイナリー』は、『中棚荘』から車で10分ほどの『みまき大池』の湖畔にあり、周囲に視界を阻むものがなく、360度の大パノラマはまさに圧巻。浅間山、秩父連山、富士山、八ヶ岳、北アルプスが一望できる。これほど眺めのいい立地のワイナリーは見たことがない。2階には、眺望を活かしたカフェが設けられている。

 『ジオヒルズワイナリー』で醸造責任者を務めるのは、正樹さんと共にブドウ畑で汗を流し、熱意と想いを受け継いだ三男の富岡隼人さん。長野県東御市のワイナリー『アルカンヴィーニュ』の『千曲川ワインアカデミー』の第1期生としてブドウの栽培やワイン醸造を学び、若き醸造家として腕をふるう。
 ワイナリーを訪れた時は、今秋仕込んだ信州りんごのシードルをテイスティングしているところだった。

 藤村が【千曲川のスケッチ】に記した一文「もっと自分を新鮮に、そして簡素にすることはないか」をテーマとする『中棚荘』。「田舎に帰ったような懐かしさを感じつつ、来るたびに少しずつ新しいものが増え、新鮮に感じて頂けるような旅館に」という荘主の想いは温泉旅館に留まらず、ワインへの情熱、ブドウ栽培、そして新たな自社ワイナリー設立へと進化を続ける。『初恋りんご風呂』に惹かれて『中棚荘』を訪ね、思いがけず出会ったワイン造りのストーリーに触れ、少年のように心が弾みわくわくした。

お問い合せ先

中棚荘

入浴時間:11:30~14:00
料金:大人1,000円、小学生500円、幼児300円
※月2回不定休がございますので、ご来館前にお問い合わせ下さい。
〒384-8558 長野県小諸市古城中棚
TEL. 0267-22-1511 FAX. 0267-22-9191 
URL. https://nakadanasou.com/

ジオヒルズワイナリー

営業時間:
Caffe/10:00〜16:00(不定休)
ランチ/11:30〜14:00(金、土、日のみ)

※定休日:不定休のため、お越しの際は事前にお問い合わせ下さい。
〒384-0807長野県小諸市山浦富士見平5656
TEL.0267-48-6422
URL.http://giohills.jp/