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軽井沢通信バックナンバー

季刊軽井沢・バックナンバー

Vol.14

涼を求めて、布引観音へ。

猛暑が続く日本列島。軽井沢は都心に比べると涼しいものの、例年よりも気温が高く市街地では汗ばむほど。
そこで今回、さらなる涼を求め、天下の奇勝・断崖絶壁に建つ『布引観音』へ。爽風わたる布引渓谷沿いの険しい参道を上り、見る者を圧倒する懸崖造りの観音堂の絶景をお届けします。

 『布引観音』の名を初めて目にする方でも、「牛にひかれて善光寺参り」というフレーズはどこかで耳にしたことがあるのではないだろうか。昔この地に住んでいた強欲で信心の薄い老婆が千曲川で布をさらしていところ、牛が現れその布を角に引っ掛けて走り出し、老婆は布惜しさに牛の後を追いかけ、気がつくと『善光寺』まで来ていたという伝説である。老婆は『善光寺』の金堂で一夜を過ごし、これまでの罪悪を詫び厚く信仰したといわれている。 
 『布引観音』の参道入口は、老婆が布をさらしていたといわれる千曲川の畔にあり、険しい岩峰がそびえ立っている。

 参道の歩きはじめは石段も広く歩きやすい。渓谷の岩肌が眼前に迫ってくると一気に険しくなり、急勾配の階段が岩壁にへばりつくように伸びている。深く濃い樹々が頭上を覆い昼間でも薄暗く、渓谷の狭間は冷んやりとした空気に包まれている。参道入口からほんの5分ほど歩いただけで、下界とは隔絶された静寂な別世界に引き込まれる。

 参道というよりも登山道と言ったほうがしっくりとくる険しい道中には、長野の『善光寺』まで穴が通じており、昔『善光寺』で火災が発生した時にこの穴から煙がでたと伝わる“善光寺穴”や、湧き水が滴り落ちる滝、岩に牛や馬の形が現れている奇岩があり、目を飽きさせない。

 10分ほど歩くと古びた仁王門が鬱蒼と茂る草木の中に現れる。門のすぐ背後に岩壁がほぼ垂直にそそり立ち、目を上へ向けると京都の清水寺を思い起こさせる懸造りの観音堂が建っている。現在、仁王門の先は通行止めとなっているが、昔の人はこの断崖絶壁をどのように登り観音堂まで辿り着いたのだろう。

 仁王門を過ぎると『布引観音』まであとわずか。5分少々で視界が開け、本堂に到着する。『布引観音』は、天台宗布引山釈尊寺が正式な名称で、寺伝によると奈良時代の神亀元年(724年)に行基が開き、聖徳太子が作ったとされる聖観音を祀ったと伝えられる。武田信玄の戦火や江戸時代中期の野火などで焼亡し、現存する堂の多くは、江戸時代後期に再建されたものだという。

 岩壁と一体となった観音堂だけでも感動的なのに、背後に浅間山の雄姿が垣間見え、まさに絶景。ここに立たないと見ることができない唯一無比の風景だ。
 本堂前から観音堂へ向かって歩いていくと、崖にめり込んだようなお堂や、「牛に引かれて善光寺参り」にちなんだ牛の石像が出迎えてくれる。
 そして、崖をくり貫いた素掘りのトンネルを抜け、六地蔵の前を通り、いよいよ断崖絶壁の観音堂へ。

 絶壁から迫り出している観音堂の舞台は、テーマパークのアトラクションなどとは比較にならないほどスリリングで、下を見ると足がすくむ。渓谷から吹く風が清々しく、気持ちが凜と引き締まる。

 千曲川の畔の参道入口から観音堂まで約20分。心を清めてくれる深い森、伝説が宿る渓谷、世界に二つと無い絶景…。これほど濃密な感動が味わえるとは驚いた。
 夏のピークシーズン、観光客で混み合う軽井沢からちょっと足を伸ばして、『布引観音』で感動体験を味わっていただきたい。

布引観音

正式名称は天台宗布引山釈尊寺。
信濃三十三観音霊場の第29番札所。

【所在地】〒384-0071 長野県小諸市大久保2250
【連絡先】TEL.0267-22-1234(観光協会)