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軽井沢通信バックナンバー

季刊軽井沢・バックナンバー

Vol.13

新緑の碓氷峠、軽井沢序曲。

1997年に新幹線が開通する以前、都心から列車で軽井沢へ行くには碓氷峠を越えなければならなかった。リゾートシーズンの幕開けを告げる新緑の季節、旧信越本線の碓氷峠区間(横川~軽井沢間)と並行して走る国道18号線の旧道を辿り、かつての峠越えに思いを馳せてみた。

 最速の北陸新幹線「はくたか」号に乗ると、東京駅から軽井沢駅まで1時間6分。標高293mの安中榛名駅と標高940mの軽井沢駅を結ぶ碓氷峠区間の長大なトンネルをあっけないほど簡単に駆け上る。
 そんな新幹線に対し旧信越本線の横川駅~軽井沢駅間の碓氷峠は、最大66.7‰という急勾配(1000m進むと66.7m登る勾配)の難所で、列車のみで越えることはできず、横川駅で電気機関車2両を連結して列車を押し上げていた。電気機関車の力を借りる峠越えは、まるで下界から天界へ昇る儀式のような感覚だった。

 碓氷峠越えを前に電気機関車との連結作業を行うため、全ての列車が長時間停車していた横川駅では、1957年(昭和32年)に駅弁「峠の釡めし」が誕生。生みの親である「おぎのや本店」が、今も昔も変わることなく横川駅の目の前にある。軽井沢駅や新幹線の車内販売、国道18号線沿いのドライブイン、上信越道・横川SAでお馴染みの「峠の釡めし」も、発祥の地「おぎのや本店」で食べると味も格別だ。

 元祖「峠の釡めし」で腹ごしらえし、旧中山道を西へ進んでいくと右手に「碓氷関所跡」が現れる。江戸時代、250年の長きにわたり通行人を厳しく取り締まった碓氷関所も、今では復元された東門とおじぎ石を残すのみ。通行人は、番所の前にあったおじぎ石に手をつき、ひざまづいて手形を差し出し通行の許可を受けたという。

 旧信越本線の下をくぐり国道18号線旧道に合流すると、ほどなく中山道六十九次のうち江戸から数えて17番目の宿場「坂本宿」に入る。一直線に伸びる緩い坂道の左右に家が連なり、往事の旅籠の面影を残す家屋が点在している。
 交通ルートの主役を上信越自動車道と碓氷バイパスに譲った現在、国道18号線旧道を往来する車は少なく、「坂本宿」は静寂に包まれている。

 「坂本宿」を通り抜けると、国道18号線旧道はいよいよ峠越えが始まる第一カーブに入り、深い森の中をくねくねと曲がりくねった道が続く。碓氷峠頂上に出るまで、カーブの数は184にも及ぶ。新緑の季節を迎え、道の左右を覆う落葉樹の森は萌える緑に包まれ、キラキラと輝く木洩れ陽が実に美しい。

 刎石(はねいし)山へ向かう旧中山道との分岐点を過ぎると、間もなく左方向に碓氷湖が現れる。碓氷湖は、碓氷川に建設された坂本ダムによって形成された人工湖で、四方を深い森に覆われ湖面に映る樹々の彩りが美しく、新緑の初夏と紅葉の秋は、絶好の観光スポットになっている。湖畔には約1.2kmの散策道があり、20分ほどで一周できる。

 碓氷湖の入口付近には、旧信越本線のアプト式軌道跡に整備された遊歩道「アプトの道」の2号トンネルがあり、明治時代の鉄道遺構を垣間見ることができる。旧線の鉄道遺構はこの後も旧道沿いに点在しており、先へ進んでいくと碓氷峠のシンボルともいえる煉瓦造りの碓氷第三橋梁・通称“めがね橋”が見えてくる。長さ91m、川底からの高さ31m、使用された煉瓦は約200万個にも及び、現存する煉瓦造りの橋の中では我が国最大規模だといわれている。  

 この“めがね橋”は、明治24年3月に建設工事が着工され25年12月に完成したというから、当時の建築技術の秀逸さとその突貫工事ぶりには驚くばかり。赤い煉瓦づくりの巨大なアーチ橋を道路から見上げると、新緑に映えて美しくかつ壮大である。
 “めがね橋”は、昭和38年の新線開通に伴って廃線となるまで71年間の長きにわたり、碓氷峠の鉄路を支えてきた。平成5年に国の重要文化財に指定され、現在では橋上の遊歩道を歩くことができる。  

 “めがね橋”を過ぎ国道18号線の旧道を軽井沢方向へ進んで行くと、煉瓦造りのトンネルや橋梁が道沿いの森の所々で現れる。架線とレールが今も残り、つい20年前まで列車が走っていた新線も垣間見え、碓氷峠越えの鉄道の歴史が感じられる。
 新緑の森に彩りを添える薄紫色の藤の花の色を楽しみながら、タイトなヘアピンカーブやS字カーブが連続する峠道を進んで行くと、視界がパッと広がり標高約960mの碓氷峠の頂上に出る。群馬県と長野県の県境であり、緩やかな下り坂の先に軽井沢の別荘地が広がっている。

 碓氷峠は、群馬県側だけに大きな高低差があって軽井沢側はほぼ平坦に近い典型的な片峠。鉄道遺構という碓氷峠の歴史を感じながら標高差約500mの道のりを上ると、軽井沢に到着した時の感慨もひとしお。北陸新幹線や上信越自動車を利用するのも便利だが、昔ながらの峠越えをじっくりと時間を掛けて味わうのもいいものだ。